愛媛の郷土料理「ひゅうが飯」

その他の雑記

― 行商人が運んだのは、品物だけではなく人々の知恵だった ―

郷土料理には、その土地の味だけではなく、人々が歩んできた暮らしや歴史が刻まれています。

愛媛県南予地方に伝わる「ひゅうが飯」も、その一つです。

新鮮なアジを醤油だれに漬け込み、溶き卵と合わせて炊きたてのご飯へかける。

作り方だけを見ると、とても素朴な料理です。

しかし、その一杯の向こうには、海とともに生きた人々の暮らしや、各地を歩いた行商人たちの知恵が息づいています。


行商人たちが育てた郷土料理

ひゅうが飯が伝わるのは、愛媛県西予市明浜町の狩浜や俵津地区です。

現在では穏やかな港町ですが、明治から大正時代にかけて、この地域では多くの人々が行商人として各地を訪れていました。

久万高原の山あいへ。

高知方面へ。

さらに海を渡り九州へ。

重い荷物を背負いながら、何日もかけて町から町へと歩き続けていたのです。


米が貴重だった時代

当時、米は今とは比べものにならないほど貴重な作物でした。

しかし明浜は山が海まで迫る地形のため、広い田畑を作ることが難しく、米だけで生活を支えることは容易ではありませんでした。

そこで人々は、海で獲れた魚や地元で採れた産物を背負い、遠く離れた地域まで売り歩くことで暮らしを支えていました。

行商は商売であると同時に、生きるための手段でもあったのです。


品物だけではなく、知恵も運んだ

私は、行商人が運んでいたのは品物だけではなかったと思っています。

旅先で見聞きした暮らし。

商売の工夫。

新しい食べ方。

人々の会話。

そうした知恵や情報こそが、何より価値のある土産だったのではないでしょうか。

各地を歩き、人と出会い、話を聞き、それを地元へ持ち帰る。

現代ならインターネットやSNSが担っている役割を、当時は人が自分の足で運んでいました。

そうして持ち帰られた知恵が、地元の食材や暮らしと結び付き、新たな郷土料理として受け継がれていったのだと思います。

ひゅうが飯もまた、人と人との交流が生み出した料理なのかもしれません。


海と庭先が育てた一杯

明浜では旬になると、沖へ出なくても近くで新鮮なアジが釣れました。

また、多くの農家では鶏を飼っていたため、新鮮な卵も身近な食材でした。

その土地にあるものだけで手軽に作ることができ、栄養もしっかり摂れる。

ひゅうが飯は、忙しい行商人たちにとって理想的な食事だったのでしょう。


当時の「ファストフード」だったのかもしれない

ひゅうが飯について調べているうちに、私はふと、あることを思いました。

この料理は、現代でいうファストフードのような役割を担っていたのではないだろうか、と。

重い荷物を背負った行商人たちは、ゆっくり食事を楽しむ時間よりも、次の町へ向かうための体力を補給することが優先だったはずです。

新鮮なアジを醤油だれに漬け込み、卵と合わせて温かいご飯へかける。

短時間で作ることができ、栄養価も高い。

その合理性は、現代の牛丼や海鮮丼にも通じるものがあります。

もちろん、当時の人々が立ったまま食事をしていたという記録が残っているわけではありません。

けれども、一杯のどんぶりを手早く食べ、再び荷物を背負って歩き始める行商人たちの姿を想像すると、この料理が「働く人のための食事」であったことは十分に伝わってきます。


基本の作り方

材料(2人分)

  • 中アジ……4匹
  • 炊きたてのご飯……適量
  • 卵……2〜4個
  • 醤油……大さじ2
  • 酒……大さじ2
  • みりん……大さじ1/2
  • 砂糖……少々
  • 白ごま……大さじ2
  • 細ねぎ・刻み海苔……適量

作り方

  1. アジを三枚におろし、細切りにします。
  2. 酒を煮切り、醤油・みりん・砂糖・すりごまと合わせて漬けだれを作ります。
  3. アジをたれに漬け込み、味をなじませます。
  4. 溶き卵を加え、細ねぎと刻み海苔を混ぜます。
  5. 炊きたてのご飯へたっぷりとかければ完成です。

新鮮なアジを使うほど、素材本来の旨味を味わうことができます。


私が郷土料理に惹かれる理由

私は郷土料理を調べるたびに、レシピよりも「その料理が、なぜ生まれたのか」が気になります。

誰が作ったのか。

どんな暮らしをしていたのか。

どんな思いで、その一杯を口にしていたのか。

そうした背景を知ることで、一皿の料理は単なる食事ではなく、人々の歴史そのものに見えてくるからです。

ひゅうが飯もまた、海に囲まれた土地で生きた人々の工夫と、遠くまで歩き続けた行商人たちの知恵が育てた郷土料理なのでしょう。


おわりに

料理とは、お腹を満たすだけのものではありません。

その土地に生きた人々の暮らしや会話、苦労や喜びまで、一緒に味わうものなのだと思います。

ひゅうが飯の一杯にも、荷を背負って山を越えた行商人たちの足音が、今も静かに残っているような気がします。

もし愛媛を訪れる機会があれば、ぜひこの郷土料理を味わってみてください。

その素朴な味わいの中に、昔の人々が大切に育んできた暮らしの知恵を感じられるかもしれません。


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一杯の郷土料理を追いかけていると、不思議なことに、その土地で暮らした人々の姿まで見えてきます。

料理は、材料だけで生まれるものではありません。

旅をした人、商いをした人、語り合った人――そんな一人ひとりの生き方が積み重なって受け継がれてきたものです。

次は、そんな「人」の記憶をたどる話をしてみたいと思います。 昔の人々が残した知恵は、料理だけではなかったのです。

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