冬瓜の話である。
この時期になると、なぜか毎年のように思い出してしまう。
初めて口にしたのは、もう数十年前のことだった。
当時、よく一人で出向いていた喫茶店があった。近場とは言い難い、少し距離のある場所にある店だったが、妙に居心地がよく、気が向くと足を運んでいた。
その店では、酒を頼むと必ず「お通し」が出た。
それがまた変わっていて、エイの煮込みや鮫の肝など、こちらがこれまで食べたことのないものばかりだった。不思議な食感と味は、今でも舌の記憶として残っている。
ある日、自宅に戻ると、玄関先に見慣れない袋が置かれていた。
中には、瓜のような緑色の野菜と、メモ用紙が一枚。
親父の字で「家では食べ切れんから勝手に調理して食え……」とだけ書かれていた。
問題は、私にはそれが何なのか分からなかったことだ。
名前も調理法も見当がつかず、しばらく悩んだ末、あの喫茶店に持ち込むことにした。
少し気恥ずかしい思いをしながら事情を説明すると、店のオーナーはそれを見て一言、「冬瓜やね」と教えてくれた。
正直なところ、そのときは「これがどうなるのか」という興味の方が勝っていたと思う。
数日後、再び店を訪れると、お通しとして出てきたのは白湯のような澄んだスープだった。
「これ、あの冬瓜を使っとるよ」と言われ、初めてその正体を知る。
大根や蕪に近い野菜だが、スープに仕立てると印象が変わる。
大根よりもさらに淡く、角のない舌触り。主張はないのに、酒の邪魔をしない。むしろ、静かに寄り添ってくるような味だった。
今ではその店も、もうない。
けれど、冬の寒さが深まる頃になると、決まってあの冬瓜のスープを思い出す。
味というのは、不思議なもので、場所や人の記憶ごと、そっと連れてくるものらしい。
冬瓜のスープ
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