胸に座る記憶

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昔、霊体験を扱った本を読んだことがある。
そこには、背筋が凍るような怪異よりも、ただ“残っているもの”の話が多かった。
家には記憶が染みるという。
柱の擦れ、畳の沈み、建具の重さ。
誰かがそこにいた時間が、形を変えて残る。
古い家を改装した宿では、夜になると胸の上に小さな温かみを感じることがあるらしい。
何かが静かに座り込む重み。
昔その家に住んでいた猫が戻ってくるのだと、人は言う。
我が家の猫たちも、人の身体の正中線を好む。
胸、腹、膝へと縦に並び、やがて軽い拘束になる。
身動きは取れないが、不安はない。
ただ重いだけだ。
だが、ときどき——
猫がいない夜にも、同じ重みを感じることがある。
布団の沈み方も、体温もない。
それでも確かに、何かがいる形だけが残る。
錯覚だろう、と考える。
身体が覚えているのだ、と納得する。
けれど、目を開けたとき、
正中線の上だけがわずかに温かい夜がある。
家に記憶が宿るのなら、
身体にもまた、別のかたちの記憶が沈んでいるのだろう。
それは怖いものではない。
ただ、いなくなったはずの重みが、
ときどき順番を守って並び直すだけのことだ。

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