🇻🇳 異国で働くベトナム人実習生たち──社会主義が残した「依存の影」

◆ 導入：法廷で感じた“思想の残響”

日本の法廷で、ひとりのベトナム人技能実習生が殺人未遂の罪に問われた。
半年という短い滞在期間での犯行。
だが、私が評議の場で感じたのは、単なる「個人の犯罪」ではなく、
その背後に横たわる国の思想の歪みだった。

彼の態度には、どこか“他人任せ”な空気が漂っていた。
働く意味を理解していないようにも見えた。
それは怠慢ではなく、
「社会主義」という教育に染みついた依存の文化が生み出した結果なのかもしれない。

ベトナムは、戦争を通じて社会主義の道を貫いてきた国である。
植民地支配、アメリカとの戦争、そして独立。
そうした歴史のなかで「社会主義」は、
民族の誇りと自立の象徴として人々の心に深く根づいた。

国家のために働くこと、集団の秩序を守ることが美徳とされ、
個人よりも全体を優先する社会観が形成された。
だがその価値観は、グローバル化が進む現代社会では、
時に個の成長を妨げる足かせとなっている。

1986年のドイモイ政策でベトナムは市場経済を導入した。
これにより、社会主義を掲げながらも実質的には資本主義的社会へと変化した。
結果、若者たちは「競争社会」に投げ込まれる一方で、
教育では依然として“上の指示に従うこと”を求められている。

この思想のねじれが、若者たちに混乱を与えている。
「どう生きればいいのか」「何を信じればいいのか」。
その答えを見つけられないまま、彼らは海外へ働きに出ていく。

日本に来た技能実習生の多くは、
“自分の判断で行動する”という訓練を受けていない。
職場での指示待ち、トラブルへの対応、感情の抑制——。
そのどれもが不十分なまま、彼らは異国のルールの中に放り込まれる。

被告人の行動も、そうした構造の延長線上にあるように思えた。
自ら考えず、他人に依存し、感情に任せて暴走する。
それは社会主義教育が残した“思考停止”の名残であり、
悲しいことに、彼自身がその制度の犠牲者でもあるのだ。

いまのベトナムでは、若者の多くが「家族のため」「貧困から抜け出すため」に海外へ働きに出る。
それはもはや国家の理想ではなく、生存のための現実的選択だ。

だが、彼らの根底には依然として「耐えることを美徳とする文化」が息づいている。
その我慢の美学が、異国の職場で誤解を生み、
結果的に孤立と衝突を招いてしまうことも少なくない。

人は困難に直面することで、はじめて“考える力”を得る。
だが、国家や体制がその機会を奪ってしまえば、
人は「自分の頭で考えること」を忘れてしまう。

被告人の依存的な姿勢を見ていると、
それは単なる怠慢ではなく、
社会主義体制が残した「自立の欠落」の表れなのではないかと感じた。

そして皮肉なことに、
彼がこれから日本の刑務所で学ぶことになる“規律”や“責任”は、
本来、母国で身につけるべき人間の基礎だったのだろう。

異国で罪を犯した若者が、ようやく「自立」を学ぶ。
それは個人の悲劇であり、同時に体制の悲哀でもある。

半年で犯罪に至ったベトナム人実習生。その背景にある社会主義の依存文化と、思想が人をどう形づくるかを裁判員体験を通して考える。