第12回 再び、いつもの一日へ

法と苦楽詩(ほうとくらし)

 判決の日から数日が過ぎた。
 朝、いつものようにコーヒーを淹れ、窓を開けると、冷たい風が頬を撫でた。
 何も変わっていないようで、どこか違っている。
 そんな感覚が、まだ胸の奥に残っている。

 あの法廷で見た光景は、今も記憶の奥で静かに息づいている。
 裁判員として過ごした日々は、たった数週間の出来事にすぎない。
 けれど、その短い時間が、日常の「当たり前」にどれほどの意味を持っていたのかを教えてくれた。


沈黙のあとに残ったもの

 裁判が終わると、すべてが静かになった。
 メールも電話も、どこか現実に戻るための音のように聞こえる。
 人と会っても、話題に出すことはできない。
 守秘義務という枠の中で、自分の中だけに閉じ込めておく時間が続く。

 けれど、その沈黙の中にこそ、確かな学びがあった。
 人を裁くことの重さ。
 そして、同じ人間として迷いながらも、真剣に向き合った日々の尊さ。


裁判所を後にして見た空

 最終日、控え室で裁判官と裁判員たちが言葉少なに別れを交わしたあと、
 外へ出ると、秋の空がひときわ高く広がっていた。
 その青さが、まるで「おつかれさま」と囁くようだった。
 通りを歩く人々の笑い声が、やけに懐かしく感じたのを覚えている。


日常へ戻るための静けさ

 再び、いつもの日々が始まる。
 仕事をして、食事をして、夜には空を見上げる。
 特別なことは何もない。
 けれど、その「何もない」ことが、こんなにも温かいものだとは思わなかった。

 人を裁くという経験を通して、私は人の「生」を改めて見つめ直した。
 それは決して重苦しい記憶ではなく、
 静かな光となって、これからの日々を照らしていくような気がしている。


― そして今日も、日が昇る ―

 朝の通勤路で見上げた空に、雲一つなかった。
 どこかで誰かが、また新しい一日を始めている。
 あの日の沈黙も、あの月の光も、
 すべてはこの日常の中に溶けていく。

 ――塀の向こうにあったのは、特別な世界ではなかった。
 ただ、人が人として生きようとする姿が、そこにもあったのだ。


(了)

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