「塀の中の医療 ― 命を支える現場」

塀の向こう側日誌

■ はじめに

刑務所というと、規律・作業・懲罰といったイメージが先に浮かびますが、
その裏で静かに“命を支える”人たちがいます。
それが、刑務所の中で働く医師・看護師・医療技官たちです。

塀の中にも病気はあります。
糖尿病、高血圧、精神疾患、感染症――。
時には命の危機に直面することも。
それでも彼らは外の病院とは違う制約の中で、日々、治療と管理を続けています。

今回は、知られざる「刑務所の医療現場」と「医療刑務所」の実態を見ていきましょう。


■ 刑務所にも“病院”がある

多くの人は、「刑務所で病気になったらどうするの?」と疑問に思うでしょう。
実は、全国の主要な刑務所には医務課と呼ばれる医療部門が設置されています。

ここでは、

  • 看護師資格を持つ職員(矯正看護師)
  • 国家公務員の医師(矯正医官)
    が勤務しており、軽症から中程度の病気までを施設内で対応します。

風邪・けが・胃腸炎などの日常的な症状は、
医務室での診察・投薬で対処可能。
ただし、重症の場合は「医療刑務所」または外部の指定医療機関へ移送されます。


■ 医療刑務所とは何か

全国には現在、**医療専門の刑務所(医療刑務所)**が4か所あります。

  • 東日本成人矯正医療センター(東京都八王子市)
  • 西日本成人矯正医療センター(大阪府堺市)
  • 八王子医療刑務所(東京都)
  • 岡崎医療刑務所(愛知県)

これらは、重病者や長期療養が必要な受刑者を専門に収容し、
一般病院並みの医療設備を備えた“塀の中の病院”です。

ここでの生活は、まさに「病室が房になった世界」。
患者であり、同時に受刑者でもあるという特異な環境の中、
点滴・リハビリ・手術なども行われています。


■ “治療と管理”の二重構造

刑務所医療の特徴は、単なる治療ではなく管理の側面が強いことです。
看護師は患者の体調だけでなく、精神状態や行動の異変にも目を光らせます。
薬の管理一つとっても、
「誤飲・隠匿・転用」を防ぐために厳格なルールのもとで支給されます。

また、精神疾患を持つ受刑者への対応も大きな課題です。
刑務所では精神科医や心理技官が協力し、カウンセリングや服薬治療を行っています。
ただし、外の病院と違い「治療の自由」が限られているため、
本人の理解と協力を得ることが非常に難しいのが現場の実情です。


■ 医務課の1日 ― 塀の中の“白衣の人々”

医務課では、毎朝「体調異常者リスト」が報告されます。
受刑者の中には、体調を訴える人が毎日数十人。
看護師はその中から緊急性の高い順に診察を進め、
必要に応じて医師の診断・投薬・安静指示を行います。

診察室の外には、いつも静かな行列ができています。
“患者”と“受刑者”という二つの立場を持つ彼らに、
白衣を着た職員は静かに接します。
声を荒げず、しかし毅然とした態度で――。

刑務所の医務室には、独特の緊張感と、同時に人間的な温かさも流れています。


■ 命の最前線 ― 外部病院への搬送

刑務所内で治療が困難な場合、外部病院への搬送が行われます。
この際は必ず刑務官が同行し、手錠や腰縄を装着したままの診察になることもあります。
一般の病院にとっては特別な患者ですが、
命を守るという点では、外の患者と何ら変わりません。

一方で、刑務所内で亡くなる受刑者も少なくありません。
その際は法医学的な手続きを経て、
家族への連絡や遺体の引き取りが慎重に行われます。
「塀の中の死」は社会にはほとんど知られないまま、静かに記録されていくのです。


■ コロナ禍で変わった“命の扱い方”

新型コロナウイルスの流行以降、刑務所医療は一層厳格化しました。
発熱者は即座に隔離、看護師は防護服を着用、
診察はアクリル板越しで行われることもありました。

特に医療刑務所では、感染防止と治療の両立が最大の課題に。
外部医療機関との連携を強化し、PCR検査の体制も整備。
この経験は、矯正医療全体の近代化を進めるきっかけにもなりました。


■ まとめ ― 塀の中にも“命を守る人たち”がいる

刑務所の医療現場は、一般社会から最も見えにくい領域です。
しかしそこには、限られた環境の中で懸命に命をつなぐ人々がいます。
白衣の看守、医療刑務所の医師、心のケアを行う心理技官。
彼らは、法と人道のはざまで静かに戦い続けています。

塀の向こうにも確かに“医療”は存在する――
それは、自由を奪われた人にも「生きる権利」があることを示す、社会の良心なのです。


🪶筆者メモ

医療刑務所の取材は、許可が難しく外部にはほとんど知られていません。
けれど、そこで働く医療職たちの姿は、
どんな病院よりも“人間の原点”に近い場所で命を支えています。
塀の中の医療を知ることは、社会の見えない部分を理解する第一歩です。


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