
外の世界で「自粛」や「リモートワーク」が叫ばれていたあの頃、
塀の中の世界でも、まったく異なる形の“自粛生活”が始まっていました。
感染を恐れて人との距離を取ることが求められた社会――
しかし、もともと人との距離を制限された空間で暮らす人々にとって、それはどんな日常だったのでしょうか。

- 面会制限 ― 家族とのつながりが突然、断たれた
2020年春、新型コロナウイルスが国内で拡大すると、法務省・矯正局は全国の刑務所に一斉の面会制限措置を通知しました。
「感染防止のため」――その一言で、受刑者と家族を結ぶ数少ない絆が、突然断たれたのです。
- 一般面会は原則中止、またはごく短時間・少人数で実施
- 弁護士面会のみ継続されたが、アクリル板越しでの対応
- 差し入れは郵送のみ、窓口での手渡しは禁止
刑務所にとって「面会」は精神面の安定を支える大切な時間。
それがなくなったことで、孤独や不安を訴える受刑者が増加したと報告されています。
一方、家族も「面会できない不安」と戦いながら、わずかな手紙のやり取りに思いを託していました。
- 入所直後は“健康観察房”へ ― 新しい受刑者もすぐには入らない
コロナ以降、刑務所に新しく入る人はすぐに他の受刑者と接触できません。
まず1〜2週間の健康観察期間を過ごす決まりになりました。
- 専用の「観察房」で生活し、体温・体調を毎日チェック
- 食事や入浴の時間も他の受刑者と分けられる
- 陽性が確認された場合は、矯正医療センターや医務部門で隔離・治療
これは言わば、刑務所内の“防波堤”。
外からウイルスを持ち込まないための仕組みです。
しかし、初めて入る場所でさらに隔離生活が加わるというのは、
精神的にもかなりの負担だったと言われています。

- 刑務作業や行事の停止 ― 塀の中にも「失業状態」
感染拡大を防ぐため、刑務作業の現場も大きく変わりました。
- 工場ではマスク着用・換気を徹底
- 作業人数を減らし、交代制で勤務
- 体育行事・講話・集団指導などは中止、放送で代替
刑務作業が止まると、受刑者に支給される作業報奨金も減少します。
わずかな収入でも、石鹸や文房具を買う貴重な手段だったため、
「働けないこと」への不満や焦りが募った受刑者も少なくありませんでした。
塀の中でも、外の社会と同じように“経済活動の停止”が起きていたのです。
- 職員の苦労 ― 橋渡し役のリスク
刑務官は、外と中をつなぐ数少ない存在。
感染拡大期には、最も大きなリスクを背負う立場にありました。
- 出勤時の体温測定、フェイスシールド・マスクの着用
- 自宅でも外出自粛を求められる
- 感染者が出れば、施設単位でPCR検査や勤務体制の見直し
それでも、2021年〜22年には大阪刑務所や府中刑務所などでクラスターが発生。
作業の停止、入浴・運動時間の短縮など、施設全体で緊張が続きました。
塀の中の“管理する側”にも、見えない重圧がのしかかっていたのです。
- ワクチン接種の開始 ― 希望の光が差した瞬間
2021年の中頃から、受刑者や職員へのワクチン接種が始まりました。
医療体制の整った矯正医療センターを中心に、段階的に接種を拡大。
「打てるのか」「いつになるのか」といった不安が消え、
ようやく刑務所内にも“希望”の二文字が戻りつつありました。
ただし、医師不足や設備の限界もあり、地方の施設では接種が遅れるなど、
全国一律の対応は容易ではなかったようです。

- それでも続く「塀の中の時間」
外の世界ではマスクを外す人も増えた今でも、
刑務所では衛生対策が習慣として残っています。
閉ざされた空間で暮らす人々にとって、
感染症対策は“特別なこと”ではなく、“日常の一部”になったのです。
誰かの命を守るために、自由のない場所で制限を受け続ける――
その現実の重みを思うと、私たちが普段どれだけ自由に守られているか、
少しだけ考えさせられるのではないでしょうか。
まとめ:コロナ禍が浮かび上がらせた「見えない社会」
コロナ禍は、社会のさまざまな格差や構造をあぶり出しました。
刑務所も例外ではなく、“閉ざされた世界の中で生きるということ”を私たちに静かに問いかけています。
面会ができなくても、手紙で励まし合う家族。
作業が止まっても、仲間と助け合う受刑者。
マスク越しでも、信頼をつなぐ職員。
塀の内側にも、確かに“人のつながり”が息づいているのです。
それは、どんなパンデミックにも奪うことのできない「希望の証」なのかもしれません。



コメント