第5.5回 被告人質問(弁護人&検察官)コラム風

法と苦楽詩(ほうとくらし)

第5回 被告人質問(弁護人&検察官)

この事件の審理も、いよいよ後半戦に差しかかってきた。
被告人は事件を起こした後も、自らの頭で考えることをせず、社員寮の同僚から吹き込まれた言葉を鵜呑みにして、偽証を繰り返してきた。
検察側にとっては歯がゆい思いだったろう。一方の弁護側も、自己保身ばかりに走る被告人の幼稚さに、もはや呆れ果てている様子が見て取れた。

被告人は、人を刺しておきながら救助もせず、ただオロオロと同僚に助けを求めるだけで、何もしなかった。
同僚たちもまた、場当たり的な対応しかせず、無責任な助言ばかりを繰り返していた。
結果として被害者は寮から逃げ出し、公園までたどり着いて、その場にいた地元の方の通報で救急車に運ばれていった。
一方の被告人はというと、包丁についた血を洗い流して証拠を隠滅し、Facebookで母親に「同僚を刺した」と報告していた。
それが彼にとっての“現実への対処”だったのだろう。

法廷での弁護人の質問は、まるで他人の子を諭す母親のようだった。
「この子には何を言っても無駄」――そんな空気が傍聴席まで漂ってくる。
弁護士の声色には、もはや説得でも指導でもなく、“諦め”の響きがあった。

それに対して、検察官の質問は一転して鋭い。
「なぜ供述を変える気になったのか?」
被告人は少し考える素振りを見せて、こう答えた。
「今まで同僚の助言を聞いて証言を変えてきたが、誰も私を助けてくれなかった。被害者も嘘をついて私を貶めようとした。だから、私は本当のことを言って疑いを晴らしたいんです。」

一瞬、法廷に沈黙が落ちた。
被告人は、まるで自分が正義の立場に立っているかのように、誇らしげな表情を浮かべていた。
だが、私にはその言葉の一つ一つが、空気のように軽く感じられた。
「今まで散々、君の嘘に惑わされたのは検察官や弁護士だけではないのだよ。」
私は心のなかでつぶやいた。

我々裁判員は、君の何倍も長く、現実という舞台で人間の浅ましさと矛盾を見てきている。
狼少年の戯言のような薄っぺらい正義感など、通用するはずもない。
この男には、経験というものの重さがまるで理解できていないのだ。
法廷の空気が少し冷たくなった気がした。

そして私はふと思った。
弁護士も検察官も、この男を「理解しよう」とすることを、もう諦めているのではないかと。
誰もが言葉を尽くしながら、どこかで「届かない」と悟っている。
人が人を裁くということの難しさは、こうした瞬間に静かに顔を出す。


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